【スーツの販売員】無駄な努力は確かに存在するし人は自立してナンボの生き物でしかない

【スーツの販売員】無駄な努力は確かに存在するし人は自立してナンボの生き物でしかない

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
29歳

【当時の職業】
スーツの販売員

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
その他





【就職のきっかけと経緯】
もともとアルバイトでメンズの革靴を販売していました。
イベント期間だけだったこともあり順調に売り上げを上げたところスカウトされました。

【環境と仕事内容】
メンズ専門の百貨店内にあるセミオーダースーツの販売員としてスカウトされたので、研修期間はスーツのことだけをみっちり教えてもらいました。
スタッフは、正社員が3名、アルバイトが1名、派遣スタッフが8名と、百貨店内では1位2位を争うくらい規模の大きい店舗でした。
私は中途採用でしたがメンズの靴や鞄、ベルト、タイピンなども販売したことがあったのですぐに正社員として扱われました。

【大変だった時期】
働いて2年目くらいのことでした。




【大変だったこと】
寮もなかったので実家から電車通勤していました。
ありがたいことに勤務時間がシフト制に近いタイプだったので、通勤ラッシュには出社も退社もほとんど合わずにすみました。
ただ空いていたわけではないので常に立ちっぱなしです。
販売員あるあるではあるのですが、勤務時間が予定より長くなったりサービス残業扱いにされていたりという困った面はありましたが、きちんと「サービス残業にしないでください」と言えば、残業代も払ってくれましたし人間関係はサバサバした人しかいなかったので良好でした。
結果至上主義ではあるのでノルマを超えるまではピリピリしやすく、私自身が感じていたよりも負荷があったと後に病院でわかりました。
身体の痛みは当たり前で特に足は出血することもしばしばありました。

【大変だった期間】
結果論ですが入社時からずっとでした。




【当時の心境】
最初の印象が良かったので病院に通うまでブラックだと気づかなかったのですが、退職する1ヶ月前の時に、足がむくみ過ぎて足の裏や甲がパンパンに腫れて立てなくなりました。
フロアで倒れたので早退はできたのですが、床に置かれたままの状態でした。

【職場が大変だった原因】
全員が「何をもってしてブラックというのか」というスタンスだったことが職場が大変だったことの発見の遅れだと思います。




【仕事で良かったこと】
ノルマを達成できた時やお客様からの感謝の言葉を頂いた時は、本当に充足感が強く販売や接客業の醍醐味だと思います。
私はそこにスタッフ間の連携が上手く行った時の連帯感が好きでした。
基本はお客様と1on1なのですが、さりげないアシストをもらったり出したりした結果上手く行った時は一緒に喜べます。




【特にひどかった最悪の出来事】
最初に身体の異変に気づいたのは、踵が靴擦れで血だらけになったことです。
なかなか足に合う靴がないのでしょっちゅう靴擦れはおこしていましたが、当時の靴は人生で1番合っていたので「おかしいな」と思いました。
次に、足首のくびれがなくなるほど足全体が浮腫んでいたことです。
この段階で胃痛や腹痛、頭痛や肩こりは当たり前に合ったのですが、関係性があると思っていませんでした。
めまいのおこる頻度が多くなり、目の前がチカチカするのがもはや当たり前でした。
職場の人たちも私の体調が悪いことは知っていましたし、他の人たちも多かれ少なかれ症状があったので、私が倒れるまでわかりませんでした。
倒れた時の第一声が「お客様の邪魔になるから誰か連れてって」と言われ流石にショックを受けました。




【相談した人・助けてくれた人】
職場の人には散々相談しましたし、改善方法もたくさん調べてストレッチや軽い運動を行ったり、食事を変えたり、最後の方はサポーターなど器具に頼ったりしましたが改善されず、むしろ酷くなっていました。
親は子どもは使い捨ての駒だと考えているので、相談はしましたがやはり何の解決にもなりませんでした。

【改善のための行動】
それまでは調べ物は書物で行うものだと思っていたのですが、本屋さんや図書館に向かうだけの余力もなかったので、人生で初めてネットで調べ物をしました。
わからない専門用語の解説も忍耐強く調べてやっと病院に行く案件だと気づいた時には遅かったです。




【現在の状況と心境の変化】
あれから5年以上経ちましたが、職場で倒れた日のことは今も思い出して寒気がします。
それまではチームの一員だと思っていたのに、動けなくなったら即お払い箱で、まるで私はいないものとして扱われました。
他の部署の人が見つけてくれて退社はできましたが、駅に進むのも病院に行くのも1人だったので3日近くかかりました。
退職も望んでのことではありませんでした。

【学んだこと】
人に対して高望みはやめて、自分で自分のことができなくなる前に、作業をやめるか退職するか自分で判断するべきでした。



【当時の自分へのアドバイス】
私はひたすら一生懸命に仕事をしていればイイのだとずっと思って生きてきました。
しかし、誰も望んではいないし行う必要性も無かったんだよ。
方向性のあっていない努力は努力ではなく、ただただ無駄でしかないのだと痛感したし目も覚めたよ。
今は自分のために、したいこと・したくないこと必要なことを考えて生きてるよ。
無駄だと若いうちにわかって良かったと思った方がいい。