【ファストファッションの店員】オープニングスタッフ!や充実した福利厚生という裏にある壮絶な人間関係。

【ファストファッションの店員】オープニングスタッフ!や充実した福利厚生という裏にある壮絶な人間関係。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
35歳

【当時の職業】
ファストファッションの店員

【当時の住まい】
夫と中学生の娘と2歳の娘と賃貸アパートで4人暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
当時の自宅近くの複合商業施設にそのファストファッション店が新規オープンすることになり、オープニングスタッフを募集していたことから働くことになりました。

【環境と仕事内容】
お店の規模はロードサイド店に比べれば小さめでしたが、商業施設の2階部分の広いスペースの半分近くが店舗でしたのでそれなりに広い空間であったと思います。
衣類からファッション雑貨等、トータルファッションを扱うお店です。
品出しからレジ打ち、すそ上げ等、人事やシフトに関わらない部分を担当していました。
職員の人数は正社員・準社員・パート・アルバイト合わせて30人ほど。
お客様はファミリーから若者・年配者まで、幅広い客層でした。
私の勤務時間は午前10時〜午後5時まで。

【大変だった時期】
研修中が終わってから退職するまでずっと大変でした。




【大変だったこと】
とにかく人間関係が悪かったです。
研修中は社員・準社員・パート・アルバイト共に同じ研修を受けることもあり比較的円満だったんですが、研修が終わりオープン準備を始めるようになってからまず準社員と期間アルバイトとの摩擦が起きました。
機関アルバイトはオープン準備のみの期間だけ雇われた方々なんですが、準社員は期間アルバイトに対して指示をす出す立場にあったため、だんだんと横柄な態度を取るようになっていきました。
期間アルバイトの方々も最初こそ我慢しているようでしたが、だんだんと「正社員じゃないくせに」というような発言を聞こえるように発するようになっていきました。
オープン準備が終わり実際に営業が始まると、期間アルバイトはいなくなったものの準社員の上から目線的な態度が改善することはなく、パート・アルバイトの方々への態度は横柄なものでした。
ただ、お気に入りのパート・アルバイトさんには優しかったりするので、パート・アルバイトの人間関係も崩れていきました。
また、準社員の中でも派閥ができていったため、準社員同士の人間関係の崩れていきました。

【大変だった期間】
1年以上続き私は耐えられずに退職しましたが、残っていた人から時々状況を聞いたところその後も続いているようです。




【当時の心境】
どのグループ内においても人間関係が悪化していったため、出勤すること自体が苦痛でたまりませんでした。
表面上は仲が良く見えてもみんな探り探り関わり合っている状況にあったので、とにかくみんながみんな疑心暗鬼になっていました。
時には他の人達の人間関係を探るため、決して仲が良いわけではない人から話しかけられたり、孤立したくないがために、少し前まで悪口を言ってきていた人が急に甘えた声で話しかけてくることも不快でたまりませんでした。

【職場が大変だった原因】
誰か特定の人だけに問題があったとは言えないかもしれませんが、ことの発端としては準社員の勘違いした横柄な態度から始まったのではないかと思います。
その中の中心人物が気の強い方だったので、誰も指摘して注意することができなかったことも状況をどんどん悪化させる原因になっていたと思います。
また、本来そういったことに関しても気を配ったりするべき正社員の方たちも、「あちらを立てればこちらが立たぬ。」と言わんばかりに見て見ぬふりをしていたことも大きな一因であると思っています。




【仕事で良かったこと】
結局は客商売でしたので、お客様から「ありがとう。」と言われることが一番の遣り甲斐になっていたと思います。
また、すそ上げなどの補正作業をすることもあったので、手芸の好きなわたしには補正作業の時間はとても充実した時間だったと思います。




【特にひどかった最悪の出来事】
これは退職して何年も経った今でも忘れられない最悪の思い出なんですが、休憩室が1か所しかないため、正社員・準社員・パート・アルバイト共に同じ場所で休憩を取るんですが、わたしが休憩に入ろうとバックヤードに入った時中から自分のことと思われる悪口が聞こえてきてしまったことです。
正直中に入るのが嫌でたまらなかったのですが、中にロッカーがあったため入らなければ財布も飲み物も取ることができませんし、休憩明けの指示も中に入らなければ確認することができないため避けることはできず、自分の悪口が聞こえてくる部屋の中に自分から入っていくという行動は苦痛でたまりませんでした。
「もしかしたら自分のことではないのかもしれない。」という一分の望みをかけて部屋に入ったものの、あからさまに「シーン」としたあげぐ、部屋を出た瞬間笑い声が聞こえたのも屈辱的でした。




【相談した人・助けてくれた人】
人間関係が悪い中でも仲良くしている人は何人かいたので、その人たちと過ごしたり話したりすることが救いになりました。
具体的な言葉や行動で救いになったと思えることはありませんでしたが、どんな状況にあっても変わらず話しかけてくれたり共に過ごしてくれたことが嬉しかったです。

【改善のための行動】
わたしは改善のために具体的な行動はとれませんでした。
というより、諦めてしまったという表現が一番正しいと思います。
耐えられず退職を決意する前に正社員(当時の店長)に自分のことや自分以外の人達の人間関係の状況について相談したんですが、改善するための行動はもちろん、相談に乗ってもらえていると思えるような対応ではなかったので、退職を決意するに至りました。




【現在の状況と心境の変化】
あれからもうすぐで10年が経ちます。
あの職場での嫌な経験はこの先も忘れることはないと思いますし、また戻ったとしてもわたしには解決したり改善したりすることはできないと思います。
ただ退職して10年近く経つ現在、仕事もプライベートも充実しています。
あの経験があったからこそ、自分に合った働き方や自分に合った交友関係を知ることができたと前向きにとらえるようにしています。

【学んだこと】
当時働いていたアパレルの最大の魅力は福利厚生でした。
お給料はもちろん、社員や準社員だけではなく、パート・アルバイトに至るまで有給や賞与・寸志が与えられていました。
ただ、働く上で自分にとって大切なことは福利厚生ではなく、人間関係だということを痛感し大きな学びになりました。



【当時の自分へのアドバイス】
もしあの当時の自分に声をかけてあげられるとしたら、そもそも「そこで働くのはやめた方がいい。」と伝えたいです。
もしその会社で働く始めてしまってあの状況に陥ってしまった後の自分に声をかけるとしたら、その状況に陥ってしまったのは決して自分のせいではないし、たとえどんな行動を取っていたとしても避けられなかったと思うので、自分を責めるようなことはしなくていいんだよと伝えたいと思います。